大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(あ)1200号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

(弁護人佐藤治隆の上告趣意中、判例違反の主張について)

所論引用の当審判例(昭和二四年(れ)第二四三七号同二五年三月三日第二小法廷判決・刑集四巻三号三〇五頁)は、第一審が懲役一〇月の判決を言い渡したのに対し、第二審が懲役一年、四年間執行猶予の判決を言い渡した事案について、第二審において第一審の懲役刑よりも長い懲役刑に処したときは、たとえ右刑の執行を猶予する旨の言渡をした場合でも、原判決の刑より重い刑を言い渡したことに該当する旨判示している。

しかしながら、当裁判所昭和二五年(あ)第二五六七号同二六年八月一日大法廷判決(刑集五巻九号一七一五頁)は、第一審、第二審各判決の刑の軽重を判断するにあたつては、各判決の具体的な刑を総体的に比較して実質的に考察すべきであり、その際、刑の執行猶予の言渡の有無も当然に考慮すべきであるとし、その理由として、刑の執行を猶予する旨の言渡は、刑そのものの言渡ではなく、単に刑の執行に関する形態の言渡であるとはいえ、それが取り消されない限りは現実に刑の執行を受ける必要がなく、しかも、その猶予の期間を経過したときには、刑の言渡そのものが効力を失うのであり、実質的には執行猶予のもつ法律的社会的価値判断は実際において高く評価されており又さるべきものであるからである旨判示している。右判旨に照らすと、所論引用の判例は、刑の執行猶予の言渡の有無を考慮していない点において、右大法廷判例の趣旨に反することが明らかであり、すでに右判例によつて変更されたものと認めるのが相当である(当裁判所昭和二九年(あ)第二六四九号同三〇年四月五日第三小法廷判決・刑集九巻四号六五二頁、同三四年(あ)第二一八二号同三七年六月一八日第二小法廷決定・刑集一六巻七号一二六五頁、同三八年(あ)第一六五七号同三九年五月七日第一小法廷決定・刑集一八巻四号一三六頁、同三九年(あ)第二三七〇号同四〇年二月二六日第二小法廷決定・刑集一九巻一号五九頁、同四三年(あ)第九二一号同年一一月一四日第一小法廷決定・刑集二二巻一二号一三四三頁等参照)。

そうしてみると、所論引用の判例は、刑訴法四〇五条二号の判例とはいえないから、所論判例違反の主張は、前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

(その余の主張について)

所論は、刑訴法四〇二条違反をいう単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

なお、記録によれば、被告人に対する本件被告事件について、第一審は、懲役一年、未決勾留日数中七〇日算入(及び没収、被害者還付)の判決を言い渡したのに対し、原審は、被告人側からの量刑不当の控訴趣意を容れ、第一審判決を破棄し、懲役一年六月、第一審未決勾留日数中七〇日算入、三年間執行猶予、保護観察付(及び第一審判決と同じ没収、被害者還付)の判決を言い渡したものであることが明らかであり、原判決の言い渡した刑は、第一審判決の言い渡した刑に比較し、主刑の刑期が六か月長くされているが、保護観察付ながら執行猶予が付されており、主文を全体として総合的に観察するならば、実質上被告人に不利益であるとはいえず、原判決は、刑訴法四〇二条にいう第一審判決の刑より重い刑を言い渡したことにはならないと解するのが相当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 宮﨑梧一)

弁護人佐藤治隆の上告趣意

原判決は、最高裁判所昭和二五年三月三日判決(刑集四巻三〇五頁)に反し、刑事訴訟法第四〇二条の解釈を誤り、第一審判決より重い刑を言渡したもので破棄されるべきものである。

一、刑事訴訟法第四〇二条が「被上告人が控訴した事件については原判決の刑より重い刑を言渡すことができない。」と規定しているのは、被告人が自己の上訴により重い刑を上訴審で科せられることをおそれて、上訴をためらうことのないようにし、被告人の上訴の利益を保護したものである。

従つて、本条の重い刑にあたるか否かは、刑法第一〇条によるのみでなく、主文の全体を観察して、被告人にとつて実質的に不利益になり、被告人が上訴をためらうことがないか否かという点を考慮して判断すべきものである(最判昭和三〇年四月五日)。

二、本件事件では、被告人は一審で懲役一年、未決勾留日数七〇日を右刑に算入するとの判決に対し、控訴したところ原審は懲役一年六月、執行猶予三年とし、未決勾留日数七〇日を算入し、右執行猶予期間中保護観察に付する旨の判決をなした。

しかし、前記昭和二五年三月三日の最高裁判決では、「第一審が懲役一〇月の刑を言い渡し、被告人が控訴した事件につき第二審が懲役一年四年間執行猶予の刑を言い渡すことは、原判決の刑より重き刑を言い渡したものである」と判示しており、この判決は以後判例変更されることなく現在に至つているから、本件の原判決がこの判例に違反することは明らかである。

この最高裁の判例は、実刑判決と執行猶予判決という形式に拘泥したものでなく、被告人の受ける実質的な利益、不利益を検討して判示されているものと思われる。

すなわち、執行猶予は取消されると現実に刑に服さねばならず、第二審で刑期が加重された場合は、第一審の判決で服役した場合より長期間服役することになる。

しかも、執行猶予が取消されることは決してまれではなく特に本件のように保護観察処分のあるときは、裁量的に取消されたり、再度の執行猶予が望めないことからその取消の可能性は、無視することはできない。

また、執行猶予期間中は被告人は実際には刑に服さないが、長期間その取消により受くべきであろう刑の執行による心理的強制は被告人にとつて測り知れない重荷であり、執行猶予が付されたことを過大に評価し刑期が加重されたことを無視すべきでない。

また、執行猶予は、本来刑の執行方法の問題であり、執行猶予が付されても刑そのものが上訴審で重く変更されれば、社会一般人は、まず刑の種類程度により刑の軽重を判断するものと考えられるから、被告人の犯罪行為が社会的影響においてより厳しく評価されたものと見るであろう。

このような、社会的評価は、被告人が社会復帰するについても当然被告人に不利益を与えるのであつて、この点からも刑期の長短は最も重視されねばならない。

このような観点からも、前記昭和二五年の判決は正当なものであつて、本件被告人に対する原判決も、これに従い変更されるべきである。

三、前記最高裁判例の事案と対比すると本件事案は、控訴審においてより不利益に変更されたものである。

すなわち、判例の事案では、懲役一〇月か二ケ月(二割)長く一年の懲役となつたものであるのに対し、本件では懲役一年が六ケ月(五割)も加重され一年六月となつたものである。

しかも、本件では被告人は執行猶予期間中保護観察に付されることになつている。

保護観察制度は保護観察所による指導監督により被告人の改善更生を図るものであるが、被告人は保護観察に付されることにより再度の執行猶予の利益を奪われ、また被告人に対し遵守事項が定められこれを遵守しないときは執行猶予の言渡が取消され得る。

すなわち、被告人にとつて執行猶予が取消される可能性が大きく、更に保護観察所への出頭、保護司との連絡等身体的にも精神的にも相当の負担となるのであつて、保護観察のない執行猶予よりも相当被告人にとつて不利益であることは明らかである。

四、なお、最判昭和二六年八月一日刑集五巻九号一七一五頁は第一審で懲役六月三年間執行猶予の判決について被告人の控訴した事案で控訴審で禁錮三月の実刑を言い渡すことは不利益変更になるとしている。

この判決は一見前記最高裁の昭和二五年の判例と相反するかのように考えられるが、この判決の趣旨は、不利益変更にあたるかどうかは、単に刑種によるものではなく、実質的に考察すべきで、懲役から禁錮に変更され刑期が短くなつても、執行猶予の言渡がないのは、不利益変更にあたるとしたものにすぎない。

つまり、刑が短くなつても実刑になることをおそれて被告人が上訴をためらうおそれがあるので不利益変更にあたるとしたものと考える。

この判決は右限度の意義があるのであつて、この判決から逆に執行猶予が付けば刑期が長くなつても被告人にとつて利益であり、これにより被告人が上訴をためらうおそれがないとすることは許されず、この判決により昭和二五年三月三日の最高裁判決が実質的に変更されたものと見るのも誤りである。

五、以上に述べたように原判決は昭和二五年の前期最高裁判決に反して、被告人に不利益に変更されたものであつて、破棄されるべきものである。

特に、前記したように、本件は、刑の加重の程度、保護観察の有無の点で判例の事案より、被告人に不利益に変更されたものであるから、刑事訴訟法四〇二条に違反すること明らかである(平野竜一著刑事訴訟法三二二頁、岸盛一著刑事訴訟法要義一五九頁参照)。

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